歴史遺跡でいっぱいの北村
韓屋村
瓦屋860屋 / 伝統工芸の真髄を見せる匠人らがここに
韓国の歴史と文化が見えます。韓国の歴史と文化が見える北村韓屋村は、景福宮と昌コ宮の間の鐘路区嘉会洞と斎洞・安国洞・花洞等12個の法定洞地域の事で、この地域の伝統韓屋を保存するため“北村作り事業”がソウル市の支援政策と住民の呼びかけによって進められています。韓屋村に対する関心も高まっており,新しい観光スポットとして注目を浴びています。
北村の由来
北村地域は清渓川と鐘路の上にある村と言う意味で北村と呼ばれてきました。周りの優れた自然の景色を背景に風水地理的な面から最上地である景福宮とその次の吉地である昌コ宮
の間に位置して住居地としては最高だと認められています。 朝鮮末の記録にもソウルの大路 の鐘閣以北を北村と呼ぶと書かれています。
その反面、下級官吏や両班の子孫であっても現職の高級官吏ではない場合は南山のすそに集まって住んでいました。 そこは南村と呼ばれ、水はけの良く、地下水が豊富であったと知られている。現在中区南山洞の筆洞をわたって墨井洞までのエリアのことです。
カフェドン(嘉会洞)
韓国の伝統家屋が集まっているカフェドン(嘉会洞)。
カフェドンでは韓国の伝統建築様式をじっくり見ることができます。
朝鮮時代、王宮に近かったカフェドンは官職にあった両班がたくさん住んでいた場所です。
朝鮮時代の代表的な文人である成三問(ソン・サンムン)を始めとして、金玉均(キム・オッキュン)、孟思誠(メン・サソン)などの屋敷が彼らの息遣いとともに残っています。
また高級官僚たちの大きな屋敷だけでなく、横道に入ると一般的な韓屋が軒をつらね、大都会ソウルで韓国固有の生活様式を垣間見られる貴重な空間となっています。
ただ通り沿いからは韓屋を見つけるのはちょっと大変なので横道にちょっと入ってみてください。
高台から街の全景を見ていると500年前の漢陽(ソウルの旧称)にやって来たかのような錯覚に陥ってしまいます。
遺跡
朝鮮時代の王族や士大夫が住んでいた地域だったのでこの一帯は数多い遺跡があります。
特に嘉会洞 11・31番地 一帯は韓屋860余屋が密集され、普通のソウルと変わった風景が見られます。壊されて新しい建物になって標石だけ残っている所もありますが、憲法裁判所の裏側の史蹟438号である
“尹ボソン家”と天然記念物 8号の“斎洞白松”を始め、いまだに残っている遺跡が多いです。
韓屋の風景の中にゴシック風の史蹟281号の “中央高校建物”や西洋風と日本式が混ぜられて民俗資料に指定されている“産業銀行管理家”なども人目を引いている。他にも民生救済事業を擔當していた官衛であった“済世院”、王立病院であった'廣惠院'(現在の憲法裁判所の所)等がここにあります。
びっしりと建っている瓦屋に沿って四方八方に水が流れているようにつないでいる路地を歩いて見ると韓国の昔の趣が感じられます。
韓屋体験
北村は伝統工芸の本当の姿を見せる匠人が住んでいます。彼らを中心に一般人に韓屋を公開している“開放型韓屋”が増えて一般人の韓屋体験も盛んになってきています。
現在ここに 居住している匠人は安国洞の生漆の技能保有者の申重鉉(シンジュンヒョン)氏、世界唯一の作品と言われる烏竹匠保有者尹炳勳(ユンビョンフン)氏のアンカン烏竹匠展示館
、昭格洞の伝統茶食技能保有者イオッホ氏、桂洞の韓服・生活工芸技能保有者キムドソン氏夫婦、嘉会洞の伝統楽器製作技能保有者コぜフン氏、三清洞の茶道文化院チェウォンファ氏、三清洞の伝統人形製作技能保有者素鉛(ソヒョン)氏など。
韓国伝統文化研究所(所長 チョソンウィ)では伝統韓菓作り、伝統味噌の仕込みなどのコ−スを用意して地元韓国民や、観光客の参加を待っています。
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